前田裕二の生い立ちに創価学会が関係!?小さい頃から社長までの道のり。

実業家で著作家の前田裕二さん。

SHOWROOMの代表取締役社長を務めています。

今回はそんな前田裕二さんの生い立ちについて徹底調査してみました!

前田裕二の生い立ちに創価学会が関係している?

前田裕二さんは石原さとみさんの彼氏として一躍有名になりました。

今風な感じの男性ですね。

前田裕二さんについて調べてみると、何やら生い立ちが凄いと話題のようです。

どういう事なのか見ていきましょう。

前田裕二さんといえば、なぜか創価学会の学会員といううわさがでています。
なぜそのうわさがでてきたのかというと、どうやら石原さとみさんが関係しているそうです。

石原さとみさんは創価学会会員だと言われています。

ご自身が公表されたわけではないのですが、石原さとみさんの卒業アルバムが流出した事がキッカケで創価学会会員である事が判明しました。

石原さとみさんは創価高校に通われていたようですね。

ただ、前田裕二さんに関しては公言している訳でもなく、
単に交際中の石原さとみさんが創価学会学会員であるからという理由だけで疑惑が出てきたうようなので信憑性は低いかもしれませんね。

前田裕二さんに関しては、石原さとみさんと付き合っている事から同じ創価学会会員ではないかと言われているだけのようなので、生い立ちに創価学会が関係しているといった情報はありませんでした。

前田裕二の生い立ちと実家の影響は?

前田裕二さんは壮絶な生い立ちをお持ちのようです。

若くして多くのものを手に入れている前田裕二さんですが、昔は相当苦労したのだそう。

前田裕二さんの家族ですが、お母さんとお兄さんのみの3人家族。

お父さんは物心がついた時にはすでにいなかったそうで、お母さんの手によって育てられました。

が、そんなお母さんも前田裕二さんが8歳の時に死別。その後は10つほど歳の離れているお兄さんに育てられることとなりました。

早くに両親と死別してしまっているようです。

預かってくれる人が見付からず、友人や親戚の家を転々としていたのだとか。

最終的には10歳年上のお兄さんと2人で暮らす事に。

兄弟愛がすごい!

前田裕二さんのお兄さんは当時、頭もよく医者を夢見ていたそうなのですが、お金を稼ぐために進学を諦めて高校卒業後、就職したのだそう。

前田裕二さんのお兄さんは18歳で
弟1人を残して両親がいなくなってしまった。

弟を守らなきゃと必死だったのかもしれませんね。

とても素敵なお兄さんですよね。

まだ18歳ですから、自身もやりたい事は山ほどあったと思いますが、前田裕二さんと暮らしていくために夢を諦める選択をされるなんて中々出来ません。

そんなお兄さんを前田裕二さんは泣かせてしまった事があるのだとか。

母親を無くした裕二さんは、お金を稼ぐことに必死になります。

色んな事をしてお金を稼ぎ、その中で警察の厄介になってしまった事があったそうです。

この時お兄さんが涙を流したのだとか。

これを見て「兄を悲しませてはいけない」と心機一転したのだそうです!

育ててくれたお兄さんを泣かせてしまった事で心を入れ替える事が出来た前田裕二さんも素敵な弟さんだと思います。

前田裕二の小さい頃は弾き語りしていた?

前田裕二さんは小さい頃から音楽やギターが好きだったのだそうです。

小学校6年のころから、親戚にもらったというアコースティックギターを弾いて駅前で引き語りを始めたんだそうです。

小学生の路上ライブは珍しいので、足を止めてくれる人も多かったようです。

11歳から人前でギターの弾き語りなんて度胸があります。

この路上ライブはずっと続けて、なんとここで稼いだお金で兄に恩返しをするために大学へ進学したそうです!!

ちなみに前田裕二さんの大学は、早稲田大学の政治経済学部。

大学進学のお金を路上ライブで貯めたなんて逞しすぎます!

11歳の頃から既に商才のようなものがあったのでしょうね。

まず初めは地元の東京の東の方の駅で弾き語りを始めました。

しかし、仮説を小学生ながらに立て、『もっと裕福そうな人がいるような場所にいった方が稼げるのでは?』とお金持ちが居そうな東京都白金付近に場所を変えてみました。

小学生でこの計算が出来るのは凄いです。

前田裕二さんも母親を早くに亡くし、お兄さんの為にも何か出来る事をしたかったのではないでしょうか?

結果的に大成功しているのですから凄いですよね。

前田裕二さんはツイッターでお兄さんの事をこのように仰っていました。

10個も上なので、兄というような、父のような存在です。

僕の名前を付けたのも兄だ、赤ん坊の頃オムツを替えていたのも兄。

この世に無償の愛がある事を確かめてくれた、世界一尊敬する人です。

素敵な兄弟愛です。お兄さん無くして現在の前田裕二さんは居ないでしょうね。

前田裕二の出身校は?

前田裕二さんは都立深川高校に通われていたという情報がありました。

前田裕二さんは一時期、荒れてグレて間違った方向に行ってしまったこともあったそうです。

しかし、高校の時には間違いに気づき、そこから猛勉強!!

海外に留学したこともないのに『英語のディベート大会』で優勝したこともあるんだそうです!

大学は前述のとおり、早稲田大学を卒業されています。

相当な努力もされていると思いますが、元々頭も良い方なのでしょう。

前田裕二の社長までの道のりは?

早くに母親を亡くし、小学生の頃から路上ライブでお金を稼ぎ、大学へ進学するという壮絶なエピソードを持つ前田裕二さん。

彼がそこからSHOWROOMの社長になるまでを見ていきましょう。

前田裕二さんは就活の時も自己分析をめちゃめちゃ極めたんだそうです。

英語も留学経験はないけれど『どうやったらお金をかけずに英語をマスターできるか?』と考えて、日本で英語教室(ECCみたいな)でバイトして、外国人講師と仲良くなって英語を上達させたんだそうです。

なので英語もペラペラなんですって。

お金をかけずに英語をマスターするという挑戦が普通の人にはなかなか難しいですよね。

その後新卒で2010年に「UBS証券」という外資系の証券会社に就職。

尊敬するU先輩のことを徹底的にマネしていったそうです。

  • 5時起きで出社
  • 人に好かれることを率先してやる

前田裕二さんは常に何かに挑戦されてきたのかもしれません。

ただ者ではない努力と成績が認められて念願のニューヨークに転勤。

DeNAに実は新卒で内定をもらっていたけれど、蹴って外資系証券会社に決めた前田裕二さん。

ニューヨークに転勤した後、起業も考えるようになってDeNAの代表・南場智子さんと連絡を取るようになりました。

実は最終面接などでお世話になってから、半年に一度程度の頻度で連絡を取る仲だったんだそうです。

ニューヨークに転勤した事で学んだ英語も活かされましたね。

これを全て見越してやっていたとすれば凄い方です。

そして大企業の社長がわざわざ連絡をするなんて、当時から前田裕二さんがよほど印象的な逸材だったのでしょう。

そして南場智子さんに『一度入社して立ち上げを経験するといい』と説得されて、DeNAに転職しました。

その後、2013年にDeNAでSHOWROOMの事業を立ち上げ、2015年には独立。

SHOWROOMのブームが2016年頃でした。

SHOWROOMとは?

前田裕二さんが立ち上げたSHOWROOMとはどういった会社なのでしょうか。

SHOWROOMはライブストリーミングサービス。簡単にいうと個人で気軽に投稿できる動画配信サービスですね!

スマホを使っていた人ならその名は一度くらい聞いたことあるでしょう。

現在ではその「ユーザー」の数は150万人ほど。配信者はそのユーザーから投げ銭という形で『ギフト』を受け取ることができ、SHOWROOMを通して月1000万円を稼ぐ方もいるんだとか。

このシステムは前田裕二さんの路上ライブの経験からきているものではないでしょうか?

前田裕二さんの年収や資産は?

正に自分で社長までの道を切り開いてきた前田裕二さんですが、現在の年収や資産が気になりますよね?

実は前田裕二さん社長の会社SHOWROOMは近年赤字続き。

昨年の決算では9,817万円の赤字。利益剰余金マイナス2億3,061万円。負債4億円。

となっています。

SHOWROOMはよく聞く名前ですし、もっと儲かっているかと思ったのですが意外ですね。

会社経営者で赤字経営ですと年収は1千万〜数千万といったところでしょうか。

プラスして前田裕二さんは著書『人生の勝算』がAmazonベストセラーとなっています。

つまり会社としての収入と個人収入(印税)の最低2つの収入源を持っていることとなります。

会社は赤字だそうですが、資産としてはかなりのものを持っているのではないでしょうか。

事業を安定させるには一筋縄ではいかないようですね。

前田裕二さんの生い立ちについてまとめてみましたが、素敵な兄弟愛に胸が温かくなりますね。

お兄さんを安心させるためにも、公私共に幸せになっていただきたいです。

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