千秋の実家は金持ち!父親は日本板硝子の元会長・藤本勝司。

タレントの千秋さんの実家がお金持ちだということが判明しました。

父親の職業や、千秋さん自身の副業に関して詳しく見ていきましょう。

千秋の実家の住所は千葉県市原市青葉台

実家がお金持ちであると言われている千秋さんの実家の住所はどこなのでしょうか?

千秋さんの出身地を調べてみると、千葉県市原市青葉台となっていますので、生まれた当時は千葉県市原市に住んでいたのでしょう。

Wikipediaなどでも千葉県と出てきます。しかし他にも

東京モノレールの昭和町駅。住所にすると、東京都大田区大森東5丁目で、大森東避難橋付近らしい。

といった情報もありました。

現在の住所はこちらなのではないかとも言われているようですが、詳細は分かっていません。

ちなみにこの画像が千秋さんの実家の画像です。

西洋風な建物ですね。

千秋は33歳で初めて実家が金持ちだと知った。両親はボロボロの洋服を着て金持ちを黙っていた理由を母親が告白

千秋さんの父親は業界でもかなり有名な人物なのだそうですが、千秋さんは父親の具体的な職業や役職を知らされていなかったようです。

千秋さんが父親の職業や実家がお金持ちであることを初めて知ったのはなんと33歳のときなのだそうです!

千秋の母親は何も教えていませんでした。母親に問いただすと、「よそでペラペラ喋って欲しくないから黙っていた」そう。

父親が有名な人物であることを知ると教育上良くないと思ったのかもしれません。

それに、お金持ちであることが分かれば千秋さん自身は変わらなくても周りが変わってしまう可能性もありますし母親の判断は賢明でしょう。

しかし、お金持ちであることを気付かずに居れるものでしょうか?

食事が贅沢だったり、衣服がブランド物だったりとバレそうなものですが

千秋の両親はいつもボロイ服を着ていて、贅沢をしていなかったそうなのです。

堅実なご両親ですね。

千秋の父親は日本板硝子の元会長・藤本勝司(職業:実業家)

それでは千秋さんの父親について詳しく見ていきましょう。

千秋さんの父親は藤本勝司さんです。

日本板硝子株式会社に入社し、54歳で取締役、58歳で常務、60歳で社長、64歳で会長を歴任した超エリートだったのです。

やり手のお父さんです。

目元が千秋さんによく似ていますね。

日本板硝子は、旭硝子と並ぶ世界的ガラスメーカーです。

従業員数は3万人弱。日本を代表する大企業です。

千秋の父親はそのトップを務めた人物です。

Wikipediaでも、「日本の実業家」として紹介されている人物です。

一社員として入社し、会長職まで上り詰めた実業家として才能溢れる方のようです。

千秋さんも実業家として成功されていますから、父親譲りの才能があったのでしょう。

個人の年収は1億4100万円(2009年)

藤本勝司さんは70歳で会長職を辞任して以降も、取締役、相談役として会社の経営に関与し続けていました。

会長職を辞任した2013年の役員報酬は1億1100万円だったようです。

千秋さんの実家はかなりのお金持ちであることが分かります。

この他にも、預金や有価証券、さらには不動産などを含めた総資産額は10億円以上なのではないかと言われています。

藤本前会長個人の年収(2009年調べ)は1億4,100万円との事…個人の収入が100億以上あります!

千秋さんの実家は桁違いのお金持ちだったのです。

千秋さんの普段のキャラクターからは想像も出来ませんね。

それもご両親の堅実な教育方針の成果でしょう。

1997年頃出川哲朗を「できた人間」と述べていた

2017年12月に放送された「出川哲朗の充電させてもらえませんか?」に千秋さんが出演された際に、千秋さんの父親が出川哲郎さんに対して驚きの評価をされていたことを明かしていました。

出川とスクーターで舞鶴市を疾走ながら「ウチのお父さんはね」と切り出すと、「ウド(鈴木)ちゃんがどこの者かも分からないとき、出川さんが嫌われ者ナンバーワンだったときに、私が仲良くしてるって言ったら『あのふたりは本当にできた人間だから一生大事にしなさい』って言ったの」と明かしたのだ。

今から20年以上も前に、千秋さんの父親は出川哲郎さんを褒めていたそうです。

大企業のトップまで上り詰めた方の言葉だと思うと、言われた方も嬉しいですね。

そうした父親の言葉もあってか、千秋さんと出川哲郎さんは売れない時期から現在まで仲の良い関係が続いています。

学歴は京都大学卒業

1943年生まれの藤本勝司さん。1968年、京大大学院工学研究科を終了後「日本板硝子」に入社します。

千秋さんの父親は京都大学を卒業されています。

兵庫県出身で、灘高等学校に次ぐ難関校である甲陽学院高等学校卒業後に、京都大学工学部工業化学科に進学しました。

学生時代からエリートだったことが分かります。

現在は会長役を辞任していますが「相談役」として在籍されています。

千秋の芸能界デビューを父親は反対だった、名字「藤本」を隠し芸名を名前の「千秋」に決定

千秋さんの父親は芸能界入りを反対していたそうです。

やはり、大切な一人娘が不安定な世界へ飛び込むのは心配だったのでしょう。

揉めに揉めたあげく、父親を振り切って千秋はデビューしてしまいました。家族のことを考えて苗字の「藤本」を使用せず、「千秋」という芸名にしたそうです。

千秋さんは歌手を目指してデビューされています。

「ポケットビスケッツ」で念願の歌手デビューも果たしました。

千秋さんの歌の上手さは皆さんご存知の通りですね。

芸能界入りに大反対をしたものの、娘のことを常に気にかけていた藤本勝司さんは、忙しい仕事の合間を縫って、千秋さんの出演するテレビ番組をチェックしていたのだとか。

娘を気にかける父親の可愛らしい一面も。

千秋は日本板硝子のCMにノーギャラではなく出演

千秋さんは父親が会長を務めていた日本板硝子のラジオCMにも出演されていたようです。

それもノーギャラではなく、しっかりギャラをもらって出演していたのだとか。

千秋も、日本板硝子のラジオCMに出演してましたよ。
ラジオを聴いていると♪にほん・いた・ガ・ラ・ス♪と千秋の歌うCMが流れてました。

父親の会社のラジオCMだと千秋さんはその頃知っていたのでしょうか?

千秋さんが父親の職業を知ったのが33歳のときです。

ラジオCMが流れていたのが2007年なので、12年前。

千秋さんが35歳のときなので、CMに出演されていた頃には日本板硝子が父親の会社であることは知っていますね。

千秋も現在はタレント業の他に実業家としても活躍

実業家として成功した父親を持つ千秋さんも現在は実業家として活動されています。

1つ目は古着や小物の販売、2つ目は子供服のデザイン・販売。3つめはパワーストーンブレスレットの販売。4つ目は手作り小物の販売仲介。

中には年商数十億という数字を挙げているものもあり、実業家として成功されています。

「リボンキャスケット」という洋服ブランド。2004年、「コンビミニ」とコラボしてスタートしています。

メインは子供服ですが、合わせて着られる大人用の服も販売しています。

千秋はデザインも手掛けており「可愛い」と大好評。

なんと年商50億というビッグビジネスに成長しています。

実業家としての才能をかなり発揮されているようです。

実家もお金持ちですが、千秋さん自身もかなりお金持ちだと言えます。

千秋の叔父・谷口一郎は三菱電機の相談役

千秋さんの実家がお金持ちであり、父親が凄い人物であることが分かりましたが、父親だけでなく、千秋さんの叔父も凄い人物だということが分かりました。

藤本勝司さんを検索すると、谷口一郎という人物名がヒットするのですが、どういう方なのでしょうか。

調べてみると、この方は千秋さんからすると叔父(母親の兄弟)にあたる人物だそうで、2009年にお亡くなりになるまで、実業界をリードしてきた人物でした。

千秋さんの父親と同じく、財政界で有名な人物だったようです。

千秋さんの父親と同じく、Wikipediaには「日本の実業家」として紹介されている人物です。

三菱電機の社長職や会長職、さらには社団法人日本経済団体連合会宇宙開発利用推進委員会委員長を歴任した経済界の重鎮的存在でした。

叔父の谷口一郎さんも京都大学理学部物理学科を卒業し、三菱電機に入社。

そしてトップに上り詰めた人物です。

父親だけでも十分凄い方なのに、母親の兄弟まで凄い人物ですから、千秋さんは生まれながらのセレブですね。

生まれながらに実業家として成功する素質を持っていたのでしょう。

千秋の親戚に医者・弁護士・大学教授が多い

他にも千秋さんの親戚には医師、弁護士、大学教授などが多くいる秀才家系なのだそうです。

千秋さんの母親も自宅で英会話教室をされているといった情報もありました。

母親に関しても高学歴であることは間違いないでしょう。

千秋の出生地は京都府舞鶴市で、日本板硝子の社宅暮らし、映画『海賊と呼ばれた男』のロケ地に使用される

藤本勝司さんは、若い頃から日本板硝子の出世頭として全国を転々とする生活をしてきたことから、千秋さんも転校を経験しています。

千秋さんは小さいころから転校や引っ越しが多かったようです。

全国を転々とする生活を送っていた中で、京都府舞鶴市での生活が長かったのだそう。

千秋さんが生まれた場所も京都府舞鶴市です。

千秋さん一家が住んでいたのは舞鶴市内にある日本板硝子の社宅なのですが、この社宅が後に、映画『海賊と呼ばれた男』のロケにも使用されたことがある有名な史跡であることがわかりました。

映画「海賊と呼ばれた男」は百田尚樹さんが書いた小説が映像化されたものです。

舞鶴赤れんがパークから田井漁港へ向かう途中にあり、全戸木造平屋建てとなっています。

家族や自宅など、何かと凄いものに囲まれて育った千秋さん。

現在は千秋さん自身も実業家として成功し、15歳年下の男性と再婚もされています。

今後も千秋さんのタレント活動と共に、父親の藤本勝司さんの活躍にも注目したいと思います。

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